大地の公園とは?
はじめに
前回の記事では、ジオパークの「保全・保護」に関する方針をまとめた。
地域の意見や行政・NPO・研究機関など、
様々な立場から意見が出ている。
それを包括する言葉が「大地の公園」であると私は考えている。
「 大地の公園」と言う言葉が生まれた背景と、現状についてまとめよう。
大地の公園とは?
前回の記事では、
求めるものが明確に異なることを解説した。
日本ジオパーク委員会の求めるものは、
学術的に重要な地質サイトの保護と教育である。
では、日本ジオパークネットワークを構成する団体が求めるものとは何だろうか?
UNESCO のプログラムが発足する前後で付け加えられたものこそが、
彼らの求めるものだろう。
そして、それこそが「大地の公園」と言われるものである。
では、大地の公園とは何だろうか?
日本ジオパークネットワークの説明文を見ると、
冒頭のGeo の説明の後に、教育と持続可能な開発の説明がある。
これこそが公園に込められた思いではないだろうか。
公園は絶好の教育の機会となる場である。
我々の生まれ育った風景に、どういった人類史的・地球科学的背景を持つか?
を知る事は、彼らの誇りとなり、地域に愛着を持つ事につながるだろう。
公園は地域の住民が集まる憩いの場でもある。
地域の住民が集まれば、そこは文化的発展の場にもなる。
地域が主体的になって教育の機会を用意し、
それによって地域は文化的に発展していく。
その発展は地域への愛着からもたらされるものであり、
還元のために地域文化の保護と次の世代への教育に再投資されていくだろう。
これこそが「大地の公園」に求められる、教育と持続可能な開発であるといえる。
しかし、大地の公園と言う表現では、
具体的に何を表しているのかが見当がつかないという問題がある。
結局は誰もが参加できる様な、教育と持続可能な開発の場が重要であり、
それをジオパークに求めただけのようだ。
大地の公園と言う表現を、対外的に使う理由はないように思われる。
次回の記事では、
大地の公園に隠されてしまった、
ジオパークにおける共存共栄について考えていこう。
今日はここまで